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2/27

 

明日からテストなのになにもかものやる気が出ない。マニキュアはした。

自信と他者への敵愾心が完全に無へと収束してしまった。世の中やる気が全てだと再認識した。コンサータを勝手に止めて情緒は安定した。ただ常に眠い。

不安である。頑張ってなんなのだろう。受験勉強という名の7科目暗記勝負をよーいドンで走り抜け、合格し報われたとして何になるのだろう。本当に何もしたくない。あと1年だけでも偏差値教に魂を売っていければと心から願う。願っているのか?わからない。

 

2/24

 

なにかものすごく若返った気分でこわい。なにも楽しくないけれど憂鬱にもならない。生きている感じがしない。うそだ。積んでいたラノベはおもしろかった。

たぶん副作用で食欲が全くでないので昨日からほとんど食事をとっていない。それなのに体が動く。すごいなあ。生きていないみたいだ。

自分や世界に対する愛情がまったく湧かない。気付きがない。書きたいこともない。これが普通なのだろうか。何をしたらいいのか、というか何を考えていたのか思い出せない。過去の何にも共感できない。まあ時期に戻ろう。

 

2/23

つらい。自分が何を求めているのかがわからない。辛いのも嫌で逆も嫌で、どうしたらいいのだろう。自分を肯定してくれるものがなにもない。なにをしたらいいのかわからない。間違っているものは見えても正しいことはなにもわからない。間違っていることの反対なのだろうか。自分がなにを言っているのかわからない。コンサータはまだ効かない。

そんなことを言っていても来年度には受験生だ。ここ最近勉強できていなかったから明日は一日頑張るつもりだ。

 

 

2/22

今日はセカンドオピニオンに行ってコンサータを貰った。初めてストラテラを飲んだ時のことをだんだん思い出している。

飲み始めは普通に起きられるし、あのだるさもなく常に頭が静かで驚いた。何も考えていない時間を普通に過ごせて面白かった。落ち葉に注意が行かなくなり、笑いもしかる時以外には起きなくなった。そのあと鬱になって何も考えられなくなったので効き目はわからなくなった。眠気もとれなくなった。それからは寝たきりになったときに一錠飲んでみただけで飲んでいない。ちなみにその時飲む前の元気度指数を120/12345として飲んで560/12345くらいになれた。タミフルを飲んだ時のように身が軽くなる。

コンサータで集中力が上がるのが楽しみである。なぜなら超今日超スローペースで読んだラノベがまあ面白かったからだ。最近哲学書以外集中して読めなくなってしまった。抽象的な言葉の前提と定義が欲しい。まあそれを考え読むのが小説だと言われてしまったらそうなのだが流れが知りたい時のこれは厄介である。

なんとなく目標が見つかった。今できることを頑張ろう

 

2/20

昨日は音楽を聴いただけでドーパミンがすごくでてそのあと怖い夢をみて飛び起きた。しばらく震えていた。どちらもすごく久々だった。こわい=こわいになるのが多分1年ぶりくらいで、とにかくそれを俯瞰できなかったのがこわかった。 ちょっと前まではこわいに共感できなかった。鬱や無関心はある意味で死を除いた全対象に無敵なのかもしれない。

電車に乗った。3人席に座った。速度制限でなにもできないのでボーッと向かい側を見ていた。人はだいたい1つ間隔をあけて座席に座る。後から乗ってきたひとが真ん中に座ろうとしていた。モラルが普通レベルの人間は少し間隔をあけるように体を動かす傾向にあると思うのだがどちらもビクともしない。足は堂々開けたままだ。真ん中の男性だけ女性のように足を閉ざしていてコントラストが面白くて笑ってしまった。いや、端の人間が怖くて笑ったのかもしれない。

よく女はこわい、陰湿だなんて言うけれど私は「○○は(xxと比べて)〜だ」みたいな構文のもつ盲目性にとても違和感を覚える。まあ違和感など言い出したらキリがないしどうしようもないのでやめる。 

明日の授業は私のこれからの人生が大きく左右されるであろうことが予測される。1時間は出席する必要が流れ的にはある。どうなるかはわからないがいま設定されている意志を表明しておくと寝坊しないで単位を得たいといったところである。

 

2/19

このままでは自殺をしてしまう。自分は自殺で死ぬ運命なのだろうと中学の時から考えていた。月に一度は現実になりかける。存在を知った存在になりたい。きっと同じような人間が世界のどこかに存在しているのだろう。きっと死にそうだろう。目は焦点を失くしているのだろう。生き残りはだれだ?

2/18

私は自分の顔が好きだ。けれどたまに世界一醜く感じる時がある。そのせいで今までに自殺企図を数回した。待ちに待った春休みを控えた来週は美容整形外科にカウンセリングに回る予定である。

人生は長い暇つぶしだ。基本的に如何にポイントを稼いだかのゲーム活動だ。私は高校生で既にこのポイント稼ぎには飽き飽きなのだが(実際はポイント稼ぎに勤しみ苦しむ人間が醜くて嫌)、しかしまあかといってこれに加担して楽しいところだけとってやっていくのも長くて短い人生のこなし方の1つだ。 私にとって問題なのはそのポイント稼ぎに心動かされる瞬間が、「私がかわいい」ことに限られている事案ゆえにである。すべての行動の根元に「自分がかわいいかどうか」が付きまとっている。

 

起きる。シャワーを浴び寝癖を取る。

オイルとスプレーをつけ髪をサラサラツヤツヤにする。どちらかだけではだめだ。するとかわいいが5割増する。乳酸飲料を飲む。ジョアなのだがこれもまたかわいい。ニキビができなくなる。次にナチュラルに前髪を作る。ガチガチなくるん前髪JKと差をつける大事な場面だ。1番明るい色のファンデーションを塗る。ベースが1番大事なので多少高くても惜しまず塗る。目の周りは明るくすると6割り増しでかわいい。キャンメイクのジュエルスターアイズを少量黒目の下に乗せる。圧倒的にかわいい。デパコスを織り交ぜ諸々し最後に婚活色リップを塗り朝の40分をかけ遂にちふれマック赤リップJKのアンチテーゼ顔が生み出される。

ここまですれば当たり前にかわいい。けれど可愛くない時がある。視線の記録が振るわない。最寄り駅のトイレの鏡がイエスを出してくれない。単位が落ちる。

うまくいった瞬間の味わいの深さは筆舌に尽くしがたい。反対も然。地獄だ。かわいい以外の価値が知りたい。かわいい以外に正解などあるのだろうか?自分より整った顔の人間より、お金がある人間より、愛されている人間より、たとえその刹那に限られているのだとしても確実にその場の価値になれるのだ。

私は可愛いの結果ひとの視線を得られる限り世界一かわいいを目指して尽力するのだと思う。その先の人生に絶望や夭折やその他のどうしようもない深淵に進むだけの道しか残されていないのだとしても。それが私の歩むべき必然なのだ。