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私は自分の顔が好きだ。けれどたまに世界一醜く感じる時がある。そのせいで今までに自殺企図を数回した。待ちに待った春休みを控えた来週は美容整形外科にカウンセリングに回る予定である。

人生は長い暇つぶしだ。基本的に如何にポイントを稼いだかのゲーム活動だ。私は高校生で既にこのポイント稼ぎには飽き飽きなのだが(実際はポイント稼ぎに勤しみ苦しむ人間が醜くて嫌)、しかしまあかといってこれに加担して楽しいところだけとってやっていくのも長くて短い人生のこなし方の1つだ。 私にとって問題なのはそのポイント稼ぎに心動かされる瞬間が、「私がかわいい」ことに限られている事案ゆえにである。すべての行動の根元に「自分がかわいいかどうか」が付きまとっている。

 

起きる。シャワーを浴び寝癖を取る。

オイルとスプレーをつけ髪をサラサラツヤツヤにする。どちらかだけではだめだ。するとかわいいが5割増する。乳酸飲料を飲む。ジョアなのだがこれもまたかわいい。ニキビができなくなる。次にナチュラルに前髪を作る。ガチガチなくるん前髪JKと差をつける大事な場面だ。1番明るい色のファンデーションを塗る。ベースが1番大事なので多少高くても惜しまず塗る。目の周りは明るくすると6割り増しでかわいい。キャンメイクのジュエルスターアイズを少量黒目の下に乗せる。圧倒的にかわいい。デパコスを織り交ぜ諸々し最後に婚活色リップを塗り朝の40分をかけ遂にちふれマック赤リップJKのアンチテーゼ顔が生み出される。

ここまですれば当たり前にかわいい。けれど可愛くない時がある。視線の記録が振るわない。最寄り駅のトイレの鏡がイエスを出してくれない。単位が落ちる。

うまくいった瞬間の味わいの深さは筆舌に尽くしがたい。反対も然。地獄だ。かわいい以外の価値が知りたい。かわいい以外に正解などあるのだろうか?自分より整った顔の人間より、お金がある人間より、愛されている人間より、たとえその刹那に限られているのだとしても確実にその場の価値になれるのだ。

私は可愛いの結果ひとの視線を得られる限り世界一かわいいを目指して尽力するのだと思う。その先の人生に絶望や夭折やその他のどうしようもない深淵に進むだけの道しか残されていないのだとしても。それが私の歩むべき必然なのだ。